自分の時間を守る順番が、逆だった。50代が先に守るのは相手の時間
会社から離れた後を「空白」にしたくない50代へ
バス停で、人が手を振っていた。
近づいてくる車に向かって、小さく。
タクシーかと思った。
でも違う。運転席にいたのは知り合いらしい。
ニコニコ手を振って、車の方を見ている。
その光景を見ながら、「え〜」と思った。
手を振っただけの光景が、なぜ寒いのか。
その1秒に、何が起きているか
手を振られた運転者は、どうなるか。
視線が、一瞬だけバス停の方に向く。
「あ、○○さんだ」と認識する。
反射的に手を上げ返そうとするかもしれない。
そのあいだ、前を見ていない。
時速40kmで走る車は、1秒で約11m進む。
たった1秒。されど1秒。
その1秒のあいだに、
前方の信号が変わるかもしれない。
横断歩道に子どもが飛び出すかもしれない。
前の車が急ブレーキを踏むかもしれない。
「手を振っただけじゃないか」
そうだ。手を振っただけだ。
でもその「だけ」が、運転席ではまるで違う重さを持つ。
歩道に立っている側の「ちょっと」と、
ハンドルを握っている側の「ちょっと」は、
同じ言葉なのに中身が違う。
悪意なんてない。
久しぶりに知り合いを見かけたら、声をかけたくなるのが人間だ。
でもね。
その人の時間は、いま運転に使われている最中だ。
守り方の順番が、逆だった
「自分の時間を大切にしよう」
この言葉、よく見かける。
私も書いてきた。
一日が細かく崩れるのは、たいてい外から来る。
返信
頼まれごと
予定変更。
気づけば夕方で、何に削られたのかも言葉にできない。
だから守る、という話になる。
崩される側だと思っている自分は、
同じ日に、誰かを崩す側にもなっている。
仕事中の長電話。
忙しそうな相手に、続けて送られてくるメッセージ。
集中している人への「ちょっといい?」。
どれも悪意はない。
そして、どれも自分の側から出ていくことがある。
相手の時間に割り込んでいることに、変わりはない。
しかも割り込みは、片道で終わらない。
送れば返ってくる。
返ってきたものに、こちらがまた返す。
相手が気を遣って一言足せば、こちらもまた一言足す。
一つの「ちょっといい?」は、
往復してこちらの時間に戻ってくる。
自分で出した割り込みが、
何時間か後に、自分の集中を切りにくる。
自分の時間を奪われたくないなら、
まず自分が、相手の時間を奪っていないか。
順番は、そっちが先だった。
会社を離れると、割り込みを止めていた枠がなくなる
この作法がなくても、会社にいるあいだは、なんとかなってしまう。
勤務時間という枠が、代わりに割り込みを止めてくれているからだ。
会議中だから後にしよう。
営業時間外だから明日にしよう。
相手の時間を想像しなくても、
枠のほうが勝手に線を引いてくれる。
でも、その枠は、会社を離れた日に消える。
平日の昼も、日曜の朝も、同じ顔をして並ぶようになる。
止めてくれるものがないから、
こちらから出す声も、
向こうから来る声も、
そのまま素通しで入ってくる。
想像してみてほしい。予定表が空いた日を。
一日ぜんぶが自分のものに見える。
でも、そこに一件の「ちょっといい?」が入り、返信し、
返ってきたものにまた返す。
それだけで、空いていたはずの午後は元の形に戻らない。
予定が空いたことと、
割り込まれない時間ができたことは、別だ。
枠が外れた場所で時間の主導権を握るなら、
枠の代わりになるものを自分で持っておくことになる。
その一つが、相手の時間を見てから声をかける、という作法だ。
出さなかった一通は、返信を生まない。
返信が生まれなければ、その返信への返信も生まれない。
自分の午後に戻ってくるはずだったものが、最初から発生しない。
気合いではなく、3秒の手順にする
とはいえ、相手を思いやろう、では続かない。
気持ちに頼るものは、疲れている日に真っ先に落ちる。
だから、手順にする。
声をかける前に、3秒だけ止まって、問いを一つ挟む。
「いま、この人はどんな時間の中にいるだろう?」
答えが出なくてもいい。
止まった3秒のあいだに、相手の状況が目に入る。
運転している。
画面に向かっている。
時計を気にしている。
それだけ見えれば、いま送るか、あとにするかは決まる。
判断ではなく、手順にしておく。
モチベいらずで動けるのは、いつもこちら側だ。
嬉しさや用件が消えるわけではない。
あとで伝えればいい。
LINEでもいい。
電話でもいい。
今度会ったときでもいい。
車が安全に通り過ぎたあとなら、
いくらでも伝えられる。
ほんの数秒待つだけで、
「嬉しい」を「危険」に変えずに済む。
今日、声をかける前に
時間の主導権というと、
自分の予定表の話に聞こえる。
でも、他人の時間に触れないでいられるかどうかも、
その中に入っている。
自分の時間だけを守ろうとすると、
守る対象が増え続けて、結局どこかで崩れる。
今日、誰かに声をかけるとき。
送信ボタンを押すとき。
3秒だけ止まって、
「いま、この人はどんな時間の中にいるだろう」
と考えてみてほしい。
そこで送らなかった一通は、
往復して戻ってこない。
夕方のあなたの手元に、
その分だけ時間が残る。
うまくいかない日があっても、
また次の一回から始めればいい。


